2020年1月21日火曜日

マニュアルメディスン研究会誌111号 投稿記事から

マニュアルメディスン研究会誌111号 投稿記事からの結びです。

おわりに
 みなさんには、神田橋條治先生著 『技を育む、精神医学の知と技』を読まれることを勧めたい。神田橋條治先生は、気功から整体まで手技療法の感触をも身をもって感得し、実際に患者さんに手技療法を施しているようでもあり、神田橋先生の奥深い身体的な感性には驚きでもある。それ以上に驚嘆させられることは、ほんの数十分の雑談風の面談で、患者さんの奥深い意識下のレベルに共感し、本人の気づかないところに揺さぶりを入れる面談技法である。面談の場での小さな揺らぎはしだいにうねりとなって、その人の人生に大きな意味を与えてゆくのである。私もずいぶん前に初めてお会いしたとき、掛けてくださったなにげない言葉が私を励ますものであったことを今になって気づかされている。

 神田橋條治先生の一つの技法に、いわば脳を透視するように脳をみる特殊な技能を身につけられていることがある。脳の代謝疲労があるところを見てとれるというのである。医学書である本に、このようなことを書かれることじたいが驚きでもあるが、まさに驚くべき異能の医師である。
 神田橋先生の見ている世界の感触を言葉であらわすとしたら、メルロポンティの<肉>と表現されるところの「見えるものと見えないものの絡み合い」が連想される。身体を超えたひろがりの感触がイメージされる。身体呼吸療法でいえば、触れる手と触れられる側の可逆性である。触れるものと触れられるものはたがいに可逆的に触れ合っている、そのような関係の場のひろがりである。身体呼吸療法では、脳の呼吸活動ともいえる感触を介して、脳のはたらきに触れているような実感があり、被験者も意識下で感じ取っているものもあるはずであり、それが身体にあらわれる。身体呼吸療法で感じられる身体の息吹という深い律動生に触れることができると、しだいに横隔膜の呼吸運動が深くなってゆく。それに応じて、身体の緊張した硬直感が浮き上がってくるように感じられてくる。そうした硬直した部分には、ときには、ゴルジ腱器をバシッと刺激することでリリースすることもあり、あるいは内部から押し上がってくる内圧変動と施術者の圧との掛け合いによって歪みを解放することもある。神田橋先生がいわれるようにまさに生きるもの同士のアフォーダンスのようでもあり、思想的には本多直人先生が引用されている清水博先生の相互誘導合致ともいえる。


 今回、「機能神経学再考:精神・脳・身体」と題してまとめてみると、これまでMM誌でまとめてきた前庭系と脳の空間識に関わる内容が重複し、精神活動という人間の高次機能まで発展させたものになっていた。あらためて、視覚系と相並び、前庭/固有感覚系にはじまる脳機能が、機能神経学にとっても、心の問題を考える上にも大きな意味をもつことが認識させられたしだいである。