2019年9月25日水曜日

脳と自律神経 1&2

 めんけん(瞑眩)反応は、もともとは東洋医学で使われている用語で、治療の過程で一時的に起こる身体反応とされています。そして、それらは治療する側からすると好転反応として、症状が改善して行く際の反応としてみなされているようです。

 しかし、かならずしも医学的あるいは神経学的にきちんと説明がなされているわけでもなく、治療家だけでなく患者さんにとって、はたして好転反応として片付けて良いのか、不安は払拭できないところです。

 私自身、引き籠もりの状態が続いているという青年の施術を引き受けたとき、翌朝、ひどく体調が悪くなったという家族の話があったり、また、手が冷たく湿って緊張状態にある青年を身体呼吸療法をほんの少しばかり施術した後に気分の悪さと息苦しさが現れ、翌日、自分が自分でないような他人事のような感覚になり、フワフワ浮いているような状態になって一日続いたということもありました。

 脳と自律神経の関係になにか問題があるのではないかと考え、psychiatry, autonomic dysfunctionと入力し、ネットでいろいろと論文をみてみました。


1) 最初に、Frontiers Journalsのはしがきありましたので、それを要約してみました。

 「精神的・神経的なコンディションは基本的に中枢神経系と感覚運動のシグナルとにリンクしている。しかも、自己を表現するところの、認知や情動それに動機といったプロセスには、身体内部の生理学的な状態に基づいており、自律神経系のはたらきによって制御されている。
 末梢神経である自律神経系と中枢神経系が、さまざまな脳の神経学的な障害や精神医学的な疾患において、どのような相互作用をもち、症状を呈するであろうか。

 たとえば、テンカンの突然死 (SUDEP)において、発作時に呼吸困難あるいは不整脈が起こり死にいたるケースが1000人に1.16人の割合で起きていが、これには自律神経の異常な放電dischargeが示唆されいるにも関わらず、自律神経系と精神医学的な疾患との強い結びつきについては、あまり認識されていない。

 自律神経機能の変調は、心臓脈管系へのリスク、睡眠障害、精神的疲労(いわゆるfoggy brainのようなものまで)、解離性障害(普段の意識から切り離された精神状態)にまでおよぶ。

 自律神経機能の変調は、不安症や鬱病、統合失調症など、さまざまな精神医学的な疾患の初期サインとして、たびたび報告されてきている。

 側頭葉と前頭葉の皮質が刺激されたとき、動脈圧、心拍とそのリズムに影響する自律神経の混乱が生じることが報告されている。また、脳画像研究から、認知、情動、行動の際におこる自律神経の反応が観察されている。

 末梢の自律神経活動に操作を加えたとき、脳の感覚運動の神経活動と精神活動に関わるシステムにどのようなインパクトがあり、感情的な混乱をともなう自律神経の興奮がどのように神経学的な症状(テンカンの発作、トゥレット症候のチック)とパニックや不安の引き金となるのか研究が進められている。」


 確かに、脳と自律神経系は強力にリンクしていることがわかります。それでは、その仕組みはどのようになっているのか・・


2) 偶然にヒットした論文Potential interactions between the autonomic nervous system and higher level functions in neurological and neuropsychiatric conditions(Bassi A, 2015)が、私が冒頭に上げた疑問に答えているようであります。

 健常者でも自律神経の障害が一時的に現れることがあります。しかしそれが頻繁に起こる症状であるとき、神経学的あるいはそれ以外の疾患を疑われます。したがって、自律神経の障害はさまざまな疾患に共通してみられる病理生理学的な基盤とみなすことができるであろうとあります。そして、この論文では、起立性低血圧(OH)が自律神経系(ANS)の異常調節として最たるものと述べています。すなわち、認知機能など中枢神経系(CNS)が絡むANSの調節障害の典型的なものとして、立つなど、姿勢を変えたときの血圧の調節異常があるというのです。ANSの状態と、脳機能には逆比例する関係がありそうだと上記の論文は示唆していますので、脳になにかしら機能的な変調があると、OHが現れやすくなるといえるでしょう。

 逆にいえば、脳の健全性が高ければ、ANSの変動が抑えられているともいえるでしょう。OHが著しいものであったり、頻繁に起こることであれば、脳の変調を疑うことができます。仰臥位で安静時のときの血圧と立位をとった際の血圧を測り、過度の血圧低下が起こるかどうかみておく必要があるでしょう。OHは、20mmHgを上回る収縮期血圧の低下、10mmHgを上回る拡張期血圧の低下、またはその両方とされています。通常は、交感神経の働きにより反射的に末梢の動静脈が収縮し、心拍数も増加することによって、血圧が過度に低下するのを抑えています。(いくぶん収縮期圧が上がるのも正常な反応かもしれません。)


 外傷性脳損傷(TBI)が心臓脈管系に異常を起こすという報告もあります(Hilz MJ, J Neurol.2017)。TBIの6ヶ月後、TBIの傷害の重度に応じて、安静時と起立時に特徴的な自律神経の調節異常が起きているという、心拍変動から解析した自律神経活動の揺らぎ成分の観察です。

 健常者と軽度のTBI患者群と比較したとき、軽度TBIの患者群では、仰臥位での血圧収縮期圧と交感神経活動の揺らぎLH成分が高く、副交感神経活動の揺らぎHF成分が低くなっているとあります。軽度のTBI患者群では健常者に比べて、交感神経活動の揺らぎ成分が高くなっていることから、交感神経の活動性が亢進ぎみであることが考えられるでしょう。
 起立に際し、健常者と軽度TBI患者群とも、血圧収縮期圧と交感神経活動の揺らぎ成分が高くなり、副交感神経活動の揺らぎ成分が低くなっているとあります(これは正常な反応といえるでしょう)。

 これに関する研究のいっかんとして、眼球を軽く圧迫することで生じる自律神経活動の揺らぎ成分の観察があり興味深いものがあります(Hilz MJ, Clin Neurophysiol. 2018)。軽度以上のより重度のTBIの患者群ではすでに横になっている状態で、交感神経の活動を示す揺らぎ成分が、健常者群より低下しているとあります。血圧調整が安静時にあっても異常をきたしているというのです。
 健常者群で横になっているとき眼球を圧迫すると、著しく副交感神経活動の揺らぎ成分が高まり、交感神経活動の揺らぎ成分が減少します。(眼球心臓反射・アシュネル反射が起きるからだと思います。眼球付近を走る第V脳神経の三叉神経に刺激が加わったことで、第X脳神経の迷走神経に影響が出て心臓にも影響を与える反射です。)
 ところがより重度のTBIの患者群では眼球圧迫時には、こうした揺らぎ成分の変化はなく、かろうじて血圧の収縮期圧のわずかな上昇がみられるとあります。(本来は眼球圧迫によって血圧収縮期圧が減少して良いものが、逆に交感神経の活動がわずかに高めのままと理解できます。血圧調整の異常を示していることになります。)


 ここで結論としていえば、脳になにかしらの障害/傷害があると、起立性低血圧という臨床的な所見と、心臓脈管系の病理生理学的なところでの自律神経活動に異常が生じているということになります。

 さて、中枢神経ではどのような機能的障害が生じているのでしょうか? 引き続き、調査してみたいと考えています。また、なにかしらご指導いただけたら幸いです。
obahiroshi.dacnb@gmail.com

2019年9月12日木曜日

神田橋條治先生の著書 『不確かさの中を』

 神田橋條治先生の本は一行一行凝縮された文章で、なかなか心を据えて読まないと読み続けられないのですが、東京から鹿児島まで神田橋先生の診察を受けている患者さんが読まれていた『不確かさの中を』を目にして、これなら電車でも読めると思いkindle版で購入してみました。臨床心理士の滝口俊子先生との対談です。そのなかでこんなちょっと耳の痛いことが語られています。関心があればみなさんにも読んでいただきたく、引用させていただきました。

「・・・いろいろなものが織り成している一つの組織体のある部分だけに治療者が強く関心を向けるというのは、アマチュアなの。アマチュアには責任がない。興味や関心でやってもいいけれど、やっぱり治療者というのは、その組織全体を見るようにしなければ。・・・
全体を見ないで部分をいじるから。その部分については正しくても、変化をホールドしていく常識部分とか環境とか、そういう大きなところを放っぽり出してやると、めちゃくちゃになってしまうだよね。・・・無意識に興味を持っていろいろいじったり、それに関心を向けたりすると、必ず事柄がわき立ってくる。それをもう一度整えていくのは、セラピストではなくてクライエントの自我がやるんだ、と言うのではね(無責任でしょ)。もちろんそれは、やれるかどうか見極めさえあればいいわけだけど、見極めがなければ、もう何が何だか収集がつかなくなってしまうことがある。僕は、自分が若い頃、ずっとそうやってきたから、よくわかるよ。」(222-225p)

 本の前半では、神田橋先生が精神科医として診察を始めたころ、患者さんがみんな状態が悪くなっていったことを書かれていて、指導教官にたいへん迷惑をかけていたことを話されているんです。赤裸々に自分がアマチュアでったあったこと認めているようなもので、偉ぶって言っているわけでもなく、若い先生達の励ましにもなっているような気がします。

 病気そのものだけに焦点を合わすことなく、その人なりと背景にあるものを包むように、過去から今、そして未来へと生きて行くための勇気を与える、患者と家族とで雑談を交わしながらの診察風景が想像されてきます。

 ひるがえって私たちの徒手療法を省みたとき、部分と身体全体の調和をそのときどきの施術のなかでめざしているところでもありますが、時間的なところもあり、どうしても部分な問題解決(痛みの解消)にこだわってしまいます。

 部分と全体は長年試行錯誤しながらの課題でもあり続けています。これは神田橋先生やカウンセラーにとっても、診察時間をいかに効果的に短くできるかという課題でもあったらしく、行き着いたところは、全てがフラクタクルであり部分が全体を、全体が部分を包含しているという考え方になったようです。ぜひ、読んでいただきたいところですが、神田橋先生の真骨頂とも言うべきところを短く引用させていただきます。

 「患者の置かれている状況や背負っている歴史から患者の精神状態を説明するやり方はあまりにも辻褄が合うので、これは作りものと直感した。・・・現症を観察するだけで、そこに影さしている状況や歴史を読み取れる筈であり、それができない。・・・

 僕はその後、僅か数十分の心理療法が患者の生活全体や人生全体に影響を及ぼすのも、面接時間という小部分の中に全体が含まれており、我々は部分に含まれている全体に働きかけていることがあるだろうと考えるようになった。患者の生活全体や人生全体に思いを馳せながら患者に接しているときには、我々の底に流れている真なるものと響き合うのだろうと思うようになった。さらに、面接の一瞬という部分に面接時間全体が含まれることも可能であろうと考えるようになった。・・」(70p)

 私たちの徒手療法でもこうしたことが可能でしょうか。機能神経学的では1例として、脳の全体的な神経活動を眼球運動のように部分的なところから脳を活性化させることが試みられています。リハビリテーションの世界では、身体の運動によって脳の活動が変わってゆくことが確かめられていますので、機能神経学的にも中枢神経系にインパクトな刺激となる方法がこれからも見いだされてゆくでしょう。私個人的には、嚥下の仕方で脳の活性化される部位が異なることがfMRIで示されていますので、嚥下運動も有力な刺激方法になると確かめています。

 私自身の身体呼吸療法でも、患者さんに触れる瞬間、底に流れている真なるものと響き合う施術のあり方を求めてゆかねばと考えさせられたしだいです。本当に神田橋條治先生はすごい先生なんだなあと感じさせられました。
 電車の中で気楽に読める本として、次に、作業療法士の岩永竜一郎先生との対談「発達障害は治りますか?;治らないという考え方は治りませんか?」を手にしましています。楽しみです。

2019年9月6日金曜日

ドーパミン系と大脳基底核

 大脳基底核はいくつもの核から構成されていますが、そのなかで入れ子nestingのような階層性があります。この複合された核のグループに入力系として大脳皮質とドーパミン系があり、視床に対して抑制性の出力となるネットワークがあるわけです。階層的な大脳基底核のなかには、情報が伝わるルートに3つの経路があります。ハイパー直接経路・直接経路・間接経路にそった情報処理の流れがあります。

 大脳基底核の役割を喩えたイメージがあります。それはスタートラインにアスリートが並び、“位置について”“ヨーイ・ドン”の合図ではじまる運動競技です。なにごとも目的に適う運動開始の準備と実行がありますが、そのためには先ず、状況に応じた適した行動に移るために、なにが必要な運動とすべきか大脳皮質のさまざまな領域から情報が送られてきます。それには非常に多くの運動パターンの可能性があるわけですが、ドーパミン系はもっとも適したパターンをチューニングしてくれます(ここが最新の見解です!)。そして入れ子のような階層性からさまざまな運動パターンが振り分けられ、最終的に淡蒼球内節に状況に適した活動パターンが収束されます。この過程で、実行に移される運動と、その遂行にとって不必要な運動を除外する振り分けが起きていることになります。直接経路は運動遂行に関わる経路となり、間接経路は不必要な運動を抑制する経路ということになるでしょう。それではハイパー直接路は?となると、これは“ヨーイ”の合図のようなもので、すべての動きを止めて、スタートに向けて内部イメージに集中しているようなものでしょう。ハイパー直接路は、大脳皮質から視床下核(これも大脳基底核のなかまに入ります)を介して出力部である淡蒼球内節に入り視床に対してより強力に抑制をかけます。

 ドーパミン系は報酬系とも言われ、“快”や報酬の大きい運動や行為を強化する運動学習につながります。ドーパミン系と運動機能との関係は、パーキンソン病にみることができます。ドーパミンは直接路を促進し、間接路を抑制しますので、中脳黒質からのドーパミン投射が少なくなると、運動を開始したくもいっこうに進まずまごついてしまいます。しかも、間接路が亢進するため、体が硬直し思うように動きません。なんとか動き出すことができても、とても目的に適った動きとは言えないのです。きちんとした運動パターンはなくなっていないのに、それを円滑に始めて遂行することが困難になっているのです。

 大脳基底核は単に運動制御に関わるわけでもありません。大脳辺縁系がドーパミン系と皮質-大脳基底核と深いつながりがありますので、心の動きと習慣的な行為のコントロールにも関わってきます。偏桃体からの出力先の一つに大脳基底核の尾状核・被殻(ひかく)があります。 1例として、強迫性障害があります。強迫性障害では、自分でもつまらないことだとわかっていても、そのことが頭から離れない、わかっていながら何度も同じ確認をくりかえしてしまう。手の汚れを過剰に気にして手を洗わずにいられない。戸締まり、ガス栓、電気器具の消し忘れを何度も確認してしまうなど、さまざまな表れ方をします。

 こうした症状の背景には極端な不安があり、前頭前野からの抑制にも関わらず、過剰な観念や行為があらわれてしまいます。機能的脳画像研究により前頭葉や基底核領域に異常な活動が認められています。また、強迫性障害の症状は、視床下核という大脳基底核の一部を刺激することで改善されることがわかり、視床下核における神経の発火に関連していることも報告されています。視床下核は大脳基底核の出力部である淡蒼球内節を亢進させ、視床から皮質への入力を強力に抑制するはたらきがあります。淡蒼球内節は大脳基底核の最終的な出力パターンが収束してきますので、本来抑制されるべきなにかしらの習慣的な行動パターンが抑制されず漏れてしまうのかもしれません。

 こうした障害をいかに抑え、生活の質をより高めることができるのか、機能神経学においても大事なテーマになっています。